狩猟とは(第十七話)
・・猟友・・ ひと括にでそう呼んでしまうには とても語りつくせない存在だったYさん 齢七十六歳を数えて 
思うに任せぬ身体と気力に弱気な発言も目立ち始めていた 凡そ七ヶ月にも及んだ闘病生活は終わりを迎え
2008年4月8日終に帰らぬ人と成ってしまった 練達の老猟師Yさんと私との出会いの時から 遠ざかる車の後を
見送るその日を迎えるまでの 長いようであっと云う間だった日々を振り返ってみます。
猟師外伝 出会った日から
「おぃ!お前が獲ったんだろぉ。」 
唐突に激しく 詰る様な問いを
浴びせられた そんな彼の勘違いが
2人にとっての長い年月の始まり
だったのかもしれない 

林道上雪面にと記された 紛れも無い
猪の曳き出し痕は この場所に入る為
通り抜けなければ成らない 集落方向
へと向いていた その事を指し怒って
居るのは もぅ疑いなかった 
代々この地に生きて来た熟練猟師と
片や 招かざる客ともいえる余所者
まだ三十代半ばだった私 歳の差が
開けば 事尚更に ”若造めが・・・”
向き合う相手にとり そんな捉え方も
支配的だったのだろぅ

自身が置かれる立場への 心構え覚悟
さえ準備するまもなく 周囲はざわめき
始める 徐々に増幅を重ね何時の間にか
初心者にベテランが入り混じり 十数人とに
膨れ上がった集団の頭へと祀り上げられる
怖いもの知らずで向う見ずな若輩だった

林道を下り集落に出る
実はその頃 内なる処ではその後の舵取りに深く悩み始めていた  幼き頃より狩猟に関わる環境に育ち
その事でなんら躊躇うことなく跳び込んだ猟界まだ二十歳を過ぎたばかり その節目手を差し伸べられ後に
生き様までの手本として導いてくれた猟界での親父や 多くの猟師を束ね内外より尊敬を集めていた親方に
名立たる先輩兄貴分との組織行動は 暗黙の了解事と規律に縛られ その中での役割を学んで行くのだが
年月の経過とともに 次々と先輩も去り気が付き振り返ると 私を含む若手三名による集団指導体制へと
形態を変えていた まぁ若手と云えど皆私より十歳も年長なのだが 其れまでの先立つキャリアと受け持つ
役割とで無視出来なかったのが理由なのかもしれない? 要と成る一世代前の幹部猟友全て失った事に
徐々に考え方の差が浮き彫りに成り 懸念通りの行き詰まりを向かえ ある出来事を切っ掛けに袂を分かつ
決意を固めたのは自然の成り行きだった。
数年前脳梗塞に倒れ引退を余儀無くされた親父や 実の兄とも慕った親方次男にも 相次ぎ翻意を求められ
私如きに過ぎた言葉と決意は揺らいだが 既に歯車は回り始め 其々への責任と新たな可能性へと関心の
多くは移ってしまった 次の代に渡せるまでのせめて五年だけはの約束の下 瞬く間の数年が過ぎ去ると
周辺状況の目まぐるしき変化に 突然の親父との別離が此処までの道を歩み続ける判断を導き出す事と成った 
組織の行く末を見据え 大物猟師の姿が目立たなかったこの地に 関心が傾いたのはそれも自然の成り行き
だったのかもしれない そんな状態がYさんの存在に 他の地元猟師遠慮によるものと知るのはずっと先の事で
只自分が置かれた役目を果たそうとひたすら懸命に。 其処の猟場は急峻で 野獣の逃走ルートが定まらない
使役犬自慢当時の勢子長も焦燥感が漂い気味と成り 思い描く成果を残せず全てを掌握し作戦の立案決定遂行
する自分の無能ぶりに深く考え込むこともしばしばでした 此の侭で本当に良いのか組織での求心力は保てるか?
集団の核として 方向性だけは堅持すると後は結果を求めなければ 私の内面では徐々に使命感だけの力に
動かされている事に気付き 段々負担を感じ始めていた
そんな時だった この集落只一人と成る
親の代からの ベテラン地元猟師Yさん
そう私より20歳は上だろう? 此処まで
時折言葉を交わす程度では有ったが
思い切って この組織猟への参加を
切り出し求めてみた この山に熟知した
Yさんの攻略法を知りたかったからに
他ならぬ 姑息とも受け止められ兼ねない
身勝手な申し入れなのだが 思いがけず
礼を尽くし応えて呉れた 付かず離れずの
そんな関係が暫く続いて行くが 信頼醸成
出来る前での関係では 中々肝心な言質は
引き出せなかった 当然であろう組織内部
では やもすればレベルアップのステップで
一過性な繋がりと捕らえた者も少なからず
有った様だし 年配の練達猟師Yさんには
そんな居心地悪い微妙な空気を感じ無い
筈は無かった。

若鹿の一対
「のぉ。。ワシはそんなお人好しじゃぁない 本当に肝心な事柄は余程でなければ言わん」ポツリ漏らした言葉に
組織一体での信頼醸成は一旦諦め 2人だけによる繋がりを模索して行くのだが そんな内情さえも計らずに
語られだした不満には 「なんでそんなに気を遣わないと」「自分らの遣りたい手段で遣れば」関わる存在の
立場を顧みない囁きは 耳に入らない事で通しあくまで誠意をの接触を心掛けた どんな事柄にあたろうと
自分をひとかどの者と位置付けた瞬間から成長は滞り更なる上積みのチャンスを失う ぶれる事無い接触は
自尊心が時に邪魔し中々出来ないものらしく 適性判断の好機を失う事が多い様だ
只管愚直にの答えは 衆目の届かない場所で起こって居た 其の地に関わるYさんより年長の老猟師から
「地元猟仲間とでなく 何故奴なんだ?」 私との関係を問い詰める相手を前に 「歳こそ離れて居るが信頼し
弟の様に思っている あいつと続けていく」 苦言を呈した老猟師は少し考えた末口を開き 「お前がそれ程に
買って居る相手ならば」と言い残し帰ったそうで  思い返すと其の頃からでしょうか 猟に関わらず多くの
相談をしてくれ 貴重な経験を惜し気もなく教えてくれ 私も何時しか彼の事をYさんでは無く”おやっさん”と
自然にそう呼べるように成ったのは 無知な差配に異を唱えるでもなく其の日の攻め方説明する視線の先では
何時もにこにこ笑い 意見を求めようと 「おまん(お前)はどう考えるんだ ワシは決めた場所何処でも行く」
当初立案の未熟さに 不満も少なからず有ったろうに そんな思いに応えなければと研究を重ねある時は机上
にての模擬猟に没頭 この地での狩り方確立に励むのでした 人として生きる上別離は何時か迎えるもので
避けがたい現実を前に改めて想い起せば この歳にも成ると多くの先達や仲間に支えられそして見送って来た
冷や汗ものの失敗や その何倍もの濃密な感動の数々瞬間に居合わせることが出来た 皆さん何れかに長けた
面々で 其々の視界に入っていただろう課題と結果 成して来た事への想いは 例え実体は失われようとも
私の内なる部分に巣食い 視線を通し世の移ろい野山の変化を見続けて居るのかも知れない 一生を費やし
追いかけてみても 越せない存在と成ってしまった多くが此処まで私を導いてくれた 共に生き共に笑えたあの頃
目に浮かぶあの笑顔あの瞬間 多くの人々に有難うの言葉を。。

                                                         oozeki